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Kis-My-Ft2のメンバーで、料理や俳句、数々の資格でも知られる横尾渉さん。「お父さん」と検索すると、実のお父さんの話と、番組や舞台での“お父さん”の話の両方が出てきて、どれが本当なのか気になる方も多いのではないでしょうか。
横尾渉さんのお父さんは長崎の出身で、名前や職業は公表されていませんが、横尾さんは父への感謝を歌ったソロ曲「キャッチボールをしよう」を発表しています。
一方で、舞台では父親役を演じ、番組では「お父さん」という言葉が話題になったこともありました。
この記事では、横尾渉さんのお父さんについて、本人の言葉や報道で確認できた内容を整理します。
目次
横尾渉のお父さんはどんな人?本人が語った父の話
- 父親の職業と分かっていること
- 父親は長崎の出身
- 父への感謝を歌ったソロ曲
- 実家の老犬と両親への気づかい
まずは、実のお父さんについて、横尾さん本人が公の場で語った内容から見ていきます。
父親の職業と分かっていること
横尾渉さんは1986年5月16日生まれ、神奈川県出身です。2001年2月にジャニーズ事務所へ入り、2011年8月10日にKis-My-Ft2のメンバーとしてCDデビューしました。2023年1月26日には、年下の一般女性との結婚を事務所を通じて発表しました。
お父さんについて、本人の発言や報道から分かっていることを先に一覧にします。
| お父さんの出身 | 長崎(本人が会見で明かした) |
| 名前・職業 | 公表されていない |
| 家族 | 両親と兄2人(3人兄弟の末っ子) |
| 父にまつわる曲 | ソロ曲「キャッチボールをしよう」 |
| 実家の話 | 両親が老犬と暮らしているとラジオで話した |
| 父親役 | 舞台『some day』で演じた |
結論から言うと、お父さんの名前や職業、勤務先は、本人の発言でも大手の報道でも明かされていません。お父さんは芸能活動をしていない一般の方です。
インターネット上には、お父さんの仕事や人柄についてさまざまな話が書かれています。しかし、どれも出典が示されておらず、本人の発言や報道では確認できませんでした。
この記事では、確認できない職業の話は取り上げず、横尾さん自身が公の場で語った内容をもとにお伝えします。
家族は、両親と兄2人、横尾さんの5人です。横尾さんは3人兄弟の末っ子にあたり、兄たちとの話はインタビューやラジオでたびたび語ってきました。それに比べると、お父さんが話題にのぼる機会はぐっと少なくなります。
本人の言葉から分かるのは、お父さんの出身地、お父さんへの想いを込めた曲があること、そして実家での両親の暮らしぶりの一部です。数は多くありませんが、どれも横尾さんの人柄がにじむ話ばかりです。出身地、歌、実家の話の順にたどると、横尾さんとお父さんの距離感が少しずつ見えてきます。
なお、「お父さん」という検索には、横尾さん自身が父親になったのかを知りたい気持ちも含まれていそうです。子供についての発表は、事務所の発表や報道では確認できませんでした。
父親は長崎の出身
お父さんの出身地が分かったのは、2016年の会見でのことです。この年の9月7日、JR九州は長崎県と共同で、Kis-My-Ft2を起用した観光キャンペーン「新しい7つの長崎へ KISS MY NAGASAKI」を発表しました。
JR九州本社で開かれた会見には、藤ヶ谷太輔さん、横尾さん、二階堂高嗣さんの3人が出席しました。この席で横尾さんは「父が長崎出身なので親孝行できたのでは」と話したと、地元の経済ニュースサイトが伝えています。同じ席で藤ヶ谷さんは「しっかり長崎をPRしたい」と意気込み、二階堂さんはCM撮影で教会巡りを楽しんだと振り返りました。
お父さんが長崎の出身であることは、横尾さん本人が会見の場で明かした事実です。
キャンペーンは2016年10月1日から2017年3月31日まで行われ、メンバー7人がそれぞれ旅人になって長崎の魅力を紹介しました。横尾さんが旅人を務めたのは、焼き物の町として知られる波佐見町での「焼き物さがし」です。藤ヶ谷さんが旅人になった軍艦島の回では、同行して撮影する役も担当しました。
期間中は、メンバーの写真をあしらったラッピング列車も走りました。CMソングには、Kis-My-Ft2がこのCMのために書き下ろした「SEVEN WISHES」が使われています。
父のふるさとを多くの人に紹介する仕事を任されたことを、横尾さんは「親孝行」という言葉で表現したわけです。神奈川県で育った横尾さんにとって、長崎はお父さんを通じてつながりのある土地だったことが分かります。
息子がふるさとの顔として列車やCMに登場するのは、親にとってもうれしい出来事だったのではないでしょうか。短い一言ですが、お父さんを喜ばせたいという気持ちが伝わってきます。
なお、インターネット上には、長崎とのかかわりについてさらに細かい話も見られます。報道で確認できたのは「父が長崎出身」という一言までなので、それ以上の話はここでは扱いません。
父への感謝を歌ったソロ曲
お父さんへの想いが一番はっきり形になっているのが、ソロ曲「キャッチボールをしよう」です。2019年4月24日に発売されたKis-My-Ft2のアルバム『FREE HUGS!』の通常盤に収められました。同じ年には、アルバムと同じ名前を掲げたツアー「Kis-My-Ft2 LIVE TOUR 2019 FREE HUGS!」も開かれています。
このアルバムでは、メンバーがそれぞれ「音楽でハグ」したいアーティストと組んでソロ曲を作っています。横尾さんが組んだ相手は歌手のビリケンさんで、作詞と作曲はビリケンさんと長江徹さんが手掛けました。
発売前の音楽ニュースでは、この曲が「父への感謝を歌う心温まるフォーク・ソング」と紹介されています。ビリケンさんは楽曲に寄せたコメントで、次のように明かしました。
「子供の頃の自分には見えていなかった父親の一面。今の自分に照らし合わせて初めて気づく父親の想いや、知らないうちに受け継いでいた、たくさんのもの。横尾さんのお父様への想いを伺った際に、そんな言葉が浮かびました」
この曲は、横尾さんが語ったお父さんへの想いをもとに書かれた一曲なのです。
歌詞に登場するのは、家族旅行や節目の日にいつもカメラを構える側に回り、自分は写真に写らない父親です。仕事ひとすじで生真面目、厳しいけれど不器用な人として描かれています。主人公は、一度きりでうまくいかなかったキャッチボールを思い出し、今ならもう少し続けられる気がすると歌います。
自分が作った料理をつまみに、一緒にお酒を飲みたいという一節もあります。料理が得意な横尾さんらしい場面で、最後は父への「ありがとう」の言葉で結ばれます。
歌詞は作家が書いた作品なので、すべてが横尾家の実話だとは言い切れません。それでも、大人になって初めて分かる父の気持ちや、照れくさくて言えない感謝という主題は、横尾さんが語った想いから生まれたものです。
お父さんについて公の場で詳しく語った記録は多くありませんが、その気持ちは歌という形で残されています。
実家の老犬と両親への気づかい
両親への思いやりが伝わるのが、2023年5月10日に放送されたラジオ番組『Kis-My-Ft2 キスマイRadio』での話です。横尾さんはこの日、「ペットの終活アドバイザー」という資格を取ったことを明かしました。前の回を担当した二階堂高嗣さんからの、資格についての質問に答える形でした。
この資格は、ペットを亡くして落ち込む人のケアや、寿命が近いペットと暮らす人の相談に役立つものだといいます。横尾さんは、自分の家にも高齢のペットがいることを理由の一つに挙げました。
そのうえで語ったのが、実家の両親のことです。実家でも老犬を飼っているため、「母親と父親がロスになった時に」役に立ちたいという気持ちがあったと報じられています。
横尾さんは、実家の両親がペットを亡くして落ち込んだときのために、自分から資格を取っていたのです。
実家では以前、何匹かの犬を飼っていた時期がありました。そのころは1匹が亡くなっても「他の子が居たからロスにならなかった」そうです。
しかし、このとき実家にいたのは1匹だけでした。横尾さんは「実家の子が最後の子」だと説明し、「ちょっと不安」と打ち明けています。「少しでも役に立てるように(資格を)取っております」という言葉には、照れながらも親を思う気持ちが表れていました。
同じ放送では、トリマーの資格も最後の試験の結果を待っているところだと話しています。犬のぬいぐるみでカットの実技を行い、それを送って評価を待っていたそうです。
横尾さんはもともとペット介護士の資格を持っていて、2015年10月にはペット情報番組『ペットの王国 ワンだランド』で、単独では初めてのレギュラー出演を果たしました。動物にかかわる資格を重ねてきた歩みの先に、実家の両親と老犬への気づかいがあったことになります。
お父さんとお母さんが、長く犬と一緒に暮らしてきたこと。そして、離れて暮らす末っ子がその二人を気にかけていること。短いラジオの話から、横尾家のあたたかい関係が伝わってきます。
横尾渉のお父さんと家族|番組や舞台での「お父さん」
- 団地で育った3人兄弟の末っ子
- 入所のきっかけを作った兄
- 番組で注目された父にまつわる話
- 舞台で演じた父親役
- 横尾渉のお父さんまとめ
ここからは、育った家庭や兄の話と、番組や舞台で話題になった「お父さん」を見ていきます。
団地で育った3人兄弟の末っ子
横尾さんは、両親と兄2人の5人家族で育ちました。雑誌『Myojo』のロングインタビューでは、兄は5つ上と3つ上の2人だと話しています。
子供のころの住まいについては「マンモス団地に住んでたんで、兄だけじゃなくて、近所の年下のコも上のコも、みんなが兄弟みたいな感じで遊んでました」と振り返りました。大きな団地で、近所の子供たちと兄弟のように遊んで育ったことが分かります。実家のくわしい場所までは、本人の口から語られていません。
小学校のころは「目立ちたいコでした。なんでもいちばんになりたいコ」だったそうです。運動会のリレーでは絶対にアンカーがいい、と思うタイプでした。時代劇が好きで「暴れん坊将軍になりたかった(笑)」という夢も明かしています。
本人いわく、小学校の高学年くらいまではモテたものの、その後は「全部、兄に持ってかれました」と笑いまじりに話しました。3つ上の兄は、学生時代にファンクラブがあったほどの人気者だったそうです。
小学生になると甲子園を目指して野球を始め、中学ではサッカー部に入りました。芸能人になりたいと思ったことは「まったく」なかったといいます。ソロ曲の題名にキャッチボールが選ばれたのも、野球少年だったことを思うと自然に感じられます。
家族の様子が伝わるのが、2011年にコンサートの最中にCDデビューが発表されたときの話です。会場には家族も来ていました。ほかのメンバーの親が涙を流す中で、横尾家だけは違ったそうです。
「うちの家族だけ満面の笑みで」と、横尾さんは客席にいた家族の様子を振り返っています。
家族一人ひとりの様子までは語られていませんが、涙よりも笑顔で息子の門出を喜ぶ家庭だったことが伝わってきます。
のちに横尾さんは、俳句の番組に出るにあたって句集を読みあさった理由を「バカ丸出しだとキスマイの看板や家族、ファンの顔に泥を塗ることになるから」と説明しました。仕事に向き合うとき、家族の存在がいつも頭にあることが分かる言葉です。
入所のきっかけを作った兄
横尾さんが芸能界に入るきっかけを作ったのは、3つ上の兄でした。中学2年のとき、部活に打ち込んでいた横尾さんは、兄から「フットサルやるから、今日つき合え」と誘われます。
断ろうとすると、母まで「たまにはお兄ちゃんの誘いに乗ってあげなよ」と背中を押したそうです。こづかいももらえたので付いていくと、着いたのは渋谷の大きな建物でした。
「兄ちゃん、だました?」と聞くと、返ってきたのは「うん、だました。これ、ジャニーズのオーディション」という答えです。履歴書は、兄が勝手に送っていました。
兄にだまされて連れて行かれたオーディションが、横尾さんの芸能生活の始まりだったのです。
会場では兄も声をかけられ、社長だったジャニー喜多川さんにも気に入られました。それでも兄は、事務所に入る誘いを断っています。2019年のラジオで横尾さんが語ったところでは、兄は「僕はやりたいことを決めているので、弟に託したい。弟を見守っててください」と伝えたそうです。
横尾さんは同じ放送で「元々、ジャニーズに入るのは僕じゃなかったんですよ。お兄ちゃんなんです」とも話しました。兄は以前に少しだけ芸能の仕事をしたことがあり、美容師になる夢ができてやめたのだといいます。その夢の続きを、弟に託した形でした。
そのため入所してしばらくは「自分のためじゃない。兄のためにやってたんです」という気持ちだったと、横尾さんは打ち明けています。
兄弟の仲は、大人になっても変わりません。2018年のテレビ番組では、兄とカラオケに行くとKis-My-Ft2の曲を歌ってくれて「これが歌だからな」と言われる、と話して笑いを誘いました。2024年1月のラジオでは、兄2人について「今でも頼るし、頭上がんない」と語りました。
デビューをとても喜んでくれたという兄を、横尾さんは「周りから“仏”って言われてます」と紹介したこともあります。弟の背中を押し、その後も見守り続ける兄の存在は、横尾さんにとって大きな支えだったのでしょう。
番組で注目された父にまつわる話
「お父さん」という言葉は、実のお父さんとは別に、番組の中でも話題になってきました。
その一つが、Kis-My-Ft2の冠番組です。メンバーが恋愛の場面を演じ、女性陣に批評してもらう企画で知られ、2022年7月7日には『キスマイ超BUSAIKU!?』が放送されました。
「彼女に作ってあげたい手料理」というお題について、横尾さんは収録後のコメントでこう答えました。この回はボードゲームを使った企画で、ゲストは生見愛瑠さんと大島由香里さんでした。
「一番はその方のお母さん・お父さんの手料理」。続けて「女性側にお母さん・お父さんの味を作るってあまり聞いたことがないので、作って、味を残していきたいなと思いますね」と理由を語っています。
相手の両親の味を覚えて残したいという答えに、家族を大切にする横尾さんの考え方が表れています。
番組を紹介した記事にも「料理番長・横尾ならではの食材にこだわった手料理」とあり、料理が得意な横尾さんらしい、ひと味違う回答でした。ここでの「お父さん」は自分の父ではなく、大切な人の父を指しています。
もう一つ、横尾さんには「キスマイのお母さん」という呼び名があります。言い出したのは一緒に活動していた北山宏光さんで、「父さん、母さん、横尾さん」というキャッチフレーズまで作ってくれたそうです。
横尾さんはこれを「身内って認識してくれたのかなって」と受け止めていました。グループの世話役として、親のように仲間を支えてきたことが、こうした呼び名につながったのでしょう。
舞台で演じた父親役
「お父さん」が話題になったもう一つの理由が、舞台での父親役です。横尾さんは、2025年2月20日から26日まで東京・シアターサンモールで上演された舞台『some day』に出演しました。
この作品は、演劇ユニットから生まれた「試験紙プロデュース」の第1弾公演です。脚本は倉本朋幸さん、演出は杉本達さんで、2019年に上演された同名の作品を練り直したものでした。
横尾さんが演じたのは、西村朋ノ介範という男性です。かつてアイドルとして一世を風靡したものの仕事が減り、ガラス張りの一軒家に一人で暮らしています。そこへ実の娘だという少女が訪ねてきて、二人の生活が動き出します。
公演の案内には「突然父親になった男と、突然父親に会った娘」という言葉が添えられていました。上演が発表されたときの記事の見出しも「キスマイ横尾渉が父親役に挑む」で、父親役であることが大きく伝えられています。
娘役は、オーディションで選ばれた朝日奈まおさんでした。朝日奈さんにとっては、これが初めての舞台です。出演者にはほかに、小林風花さん、坂ノ上茜さん、坂本真さんらが名を連ねました。開幕の前日に行われた取材で、横尾さんは次のように話しました。
「朝日奈さんが初舞台ということで、最初は自分が引っ張らないとと思っていたけど、朝日奈さんはセリフもすぐ覚えるし、お芝居もナチュラルで、逆に僕が朝日奈さんに教わることがたくさんありました」
父親役として娘役を引っ張るつもりが、反対に教わることが多かったという言葉です。少しずつ親子になっていく物語の関係と重なるようで、ほほえましく感じられます。
演出の杉本さんは、登場人物たちが何かを“認める”ことが作品のテーマの一つだと説明していました。突然現れた娘を受け入れていく父親という役は、家族への想いを歌や言葉にしてきた横尾さんにとって、新しい挑戦だったといえそうです。舞台の上で演じた「お父さん」が、検索される理由の一つになっているようです。
横尾渉のお父さんまとめ
横尾渉さんのお父さんについて、確認できたことをまとめます。
- お父さんは長崎の出身で、2016年の会見で本人が明かした
- お父さんの名前・職業・勤務先は公表されていない
- ソロ曲「キャッチボールをしよう」は父への感謝を歌った曲
- 実家の両親と老犬のために、ペットの終活アドバイザーの資格を取った
- 両親と兄2人の5人家族で、団地で育った3人兄弟の末っ子
- 入所のきっかけは、3つ上の兄が送った履歴書だった
- 番組では「お母さん・お父さんの味」を残したいと語った
- 舞台『some day』では、突然父親になった元アイドルを演じた
お父さんについて多くは語られていませんが、歌やラジオでの言葉からは、感謝と気づかいが伝わってきます。これからの活躍にも注目です。

