瀧内公美の高校はどこ?高岡西高校とされる説と『プラダを着た悪魔』で決めた上京

瀧内公美の高校はどこ?高岡西高校とされる説と『プラダを着た悪魔』で決めた上京

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映画『火口のふたり』でキネマ旬報ベスト・テンの主演女優賞を受賞し、大河ドラマ『光る君へ』にも出演した女優の瀧内公美さん。富山県出身として知られていますが、どこの高校に通い、どんな高校時代を過ごしたのか気になった方も多いのではないでしょうか。

瀧内公美さんの出身高校は富山県立高岡西高校とされていますが、本人が校名を公表したことはありません。

一方で、高校時代については、地元でグラビア撮影を経験したことや、映画『プラダを着た悪魔』を見て東京に出たいと強く思ったことを、本人がインタビューで語っています。

この記事では、瀧内公美さんの出身高校についての情報と、高校時代から大学進学、女優デビューまでの歩みを、本人の言葉や報道をもとに整理します。

瀧内公美の高校はどこ?|高岡西高校とされる説と高校時代

  • 出身高校は高岡西高校とされる
  • 中学3年で見た『赤い月』
  • 高校時代に地元でグラビア撮影
  • 退屈だった地元と東京への憧れ
  • 『プラダを着た悪魔』で決めた上京

まずは、出身高校についての情報と、瀧内さんの高校時代を見ていきます。

出身高校は高岡西高校とされる

瀧内公美さんは1989年10月21日生まれ、富山県出身の女優です。報道では富山県高岡市出身と紹介されています。高校卒業までの18年間を富山で過ごし、大学進学をきっかけに上京しました。現在はフリーで活動しています。

学歴について分かっていることを、先に一覧にしておきます。

高校 富山県立高岡西高校とされる(本人の公表なし)
高校時代 地元でグラビア撮影を経験
影響を受けた映画 中3で『赤い月』、高校で『プラダを着た悪魔』
大学 大妻女子大学 家政学部 児童学科
資格 小学校の教員免許
女優デビュー 2012年に本格始動、2014年『グレイトフルデッド』で主演

瀧内さんの出身高校は、ネット上の人物紹介などで「富山県立高岡西高等学校」と紹介されています。ただし、本人がインタビューなどで校名を明かした記録は見当たらず、確かな出典も示されていません。

この記事では、高岡西高校の出身という説は「とされる」情報として扱います。部活動についても、バドミントン部だったという話がありますが、本人の発言では確認できません。

中学3年で見た『赤い月』

高校時代につながる大きな出来事が、中学3年生のときにありました。瀧内さんは、常盤貴子さん主演の映画『赤い月』の舞台あいさつを見ています。

2024年1月のAERA dot.のインタビューでは「当時は中学3年生だったんですけど、役者ってすごいなって思いました」と振り返っています。

週刊FLASHのインタビューでも「母がすごく映画好きで、子供のころから映画を観る習慣があって。スクリーンの中の女優さんへの憧れがありました」と話しています。

映画好きの母に連れられて映画館へ通う中で、スクリーンの中の俳優への憧れが少しずつふくらんでいったようです。この体験が、高校時代に女優を夢見るきっかけになりました。

高校時代に地元でグラビア撮影

瀧内さんは、高校生のころに地元・富山でグラビア撮影を経験しています。2024年7月の文春オンラインのインタビューでは「富山にいた高校生のころ、グラビア撮影の経験をしたことはありましたけど、演技をはじめたのはそのとき、21歳からです」と話しています。

高校時代にカメラの前に立つ経験はあったものの、本格的に演技を始めたのは大学卒業のころでした。高校時代は、まだ女優という仕事を遠くから見つめていた時期だったといえそうです。

富山経済新聞や当時の所属事務所のプロフィールでも、高校時代のグラビア活動に触れられています。地元にいながら、人前に立つ仕事の入り口に触れていたことになります。

2025年2月のNHK『あさイチ』出演時には「高校生の頃に女優さんになりたいって夢を持っていて」と話しており、高校時代にはすでに女優への憧れを抱いていたことが分かります。

退屈だった地元と東京への憧れ

高校生の瀧内さんは、地元の環境に物足りなさを感じていたそうです。2024年6月の週刊FLASHのインタビューでは「高校生の私にとって、どこへ行くにも車で移動、買い物はショッピングモールしかない環境は退屈でしかなくて」と振り返っています。

実家のある地元は、夜遅くなると信号が点滅し、電車は1時間に1本という田舎町でした。近くに映画館もなく、映画を見るには車で20〜30分かけてショッピングモールまで行く必要がありました。

そんな環境だったからこそ、華やかな都会への憧れが強くなっていったのでしょう。上京後に24時間営業のコンビニを見て「東京は夜でも明るいんだ」と感動したというエピソードからも、地元とのギャップの大きさが伝わってきます。

『プラダを着た悪魔』で決めた上京

東京への思いを決定的にしたのが、高校時代に見た映画『プラダを着た悪魔』でした。2024年のUR都市機構の広報誌のインタビューでは「高校生のときに観た『プラダを着た悪魔』で、主演のアン・ハサウェイがキラキラ、イキイキとしていてカッコよくて」と話しています。

週刊FLASHでも、この映画をきっかけに「『東京に出たい』と、より強く思うようになりました」と明かしました。

都会で輝く主人公の姿が、富山の高校生だった瀧内さんの背中を押したのです。こうして瀧内さんは、高校卒業後に東京の大学へ進むことを決めました。

瀧内公美の高校卒業後|大妻女子大学から女優デビューへ

  • 父の条件で選んだ東京の大学
  • 大妻女子大学で教員免許を取得
  • 教育実習で出会った撮影現場
  • 『デ☆ビュー』で事務所に応募
  • 21歳から始めた演技の道
  • 瀧内公美の高校と学歴まとめ

ここからは、高校卒業後の大学生活と、女優としてデビューするまでの流れを見ていきます。

父の条件で選んだ東京の大学

高校卒業後、瀧内さんは東京の大学に進みたいと考えていました。ただ、上京には父からの条件がありました。

文春オンラインのインタビューでは「父から、東京の大学に行くなら資格の取れるところでないと駄目だと言われたんです。ひとりっ子だったし、わりと厳しい家だったんですね」と話しています。

報道では、父は娘を地元から出したくなかったと紹介されています。それでも「資格の取れる大学なら」と、娘の希望を受け入れる形で上京を認めたようです。

大妻女子大学で教員免許を取得

瀧内さんが進学したのは、大妻女子大学の家政学部児童学科です。児童教育を学ぶことができ、小学校の教員免許が取れる学科です。高校時代に女優への夢を持ちながらも、まずは父との約束を優先して進路を選んだことになります。

瀧内さんは父との約束どおり、大学で小学校の教員免許を取得しました。

大学時代はコストコでアルバイトをしながら、ひとり暮らしを満喫していたそうです。2025年のORICON NEWSでは、地元にミニシアターがなかったことに触れ、映画に本格的にのめり込んだのは大学時代だったと話しています。

教育実習で出会った撮影現場

大学4年のとき、瀧内さんは地元・富山の小学校で約1か月の教育実習を経験しました。文春オンラインでは「初めて社会の厳しさに触れたんです」と振り返っています。

その教育実習中に、富山で映画の撮影に遭遇しました。AERA dot.では「富山で撮影に遭遇することってまずないですし、しかもそれが自分の好きな漫画の実写っていうのに興奮してしまって」と話し、エキストラに応募したことを明かしています。

高校時代から抱いていた女優への憧れが、思いがけない形で再び動き出した瞬間でした。撮影していた作品の名前は明かされていませんが、好きな作品の現場に立ち会えた喜びは大きかったようです。

『デ☆ビュー』で事務所に応募

エキストラの帰りに、瀧内さんは芸能情報誌『デ☆ビュー』を手に取りました。NHK『あさイチ』では、最初に開いたページの事務所に応募したと明かしています。

ほかのページは「読まなかった。もう、ここだ!って」と話しており、迷わずに決めたことが分かります。高校生のころから温めてきた夢に、ようやく一歩を踏み出したのです。

教員免許という父との約束を果たしたうえでの挑戦だったからこそ、思い切って決断できたのかもしれません。のちに、教員にならなかったことを「親に対して申し訳ない」と話しつつ、今も応援してくれる両親に感謝していると語っています。

21歳から始めた演技の道

瀧内さんが演技を始めたのは21歳のころでした。2012年に本格的に芸能活動を始め、その半年後には映画『グレイトフルデッド』の主演に抜てきされ、2014年に公開されました。

その後、2017年の『彼女の人生は間違いじゃない』で新人女優賞を受賞し、2019年の『火口のふたり』ではキネマ旬報ベスト・テンの主演女優賞に輝きました。

2021年の『由宇子の天秤』でも主演女優賞を受賞し、2024年には大河ドラマ『光る君へ』に出演しています。高校時代に夢見た女優の道を、着実に歩み続けています。

瀧内公美の高校と学歴まとめ

瀧内公美さんの高校と学歴について、分かっていることをまとめます。

  • 瀧内公美さんの出身高校は富山県立高岡西高校とされるが、本人の公表はない
  • 中学3年で『赤い月』の舞台あいさつを見て、役者に憧れた
  • 高校時代に地元でグラビア撮影を経験し、女優になる夢を持っていた
  • 車移動とショッピングモールだけの地元を「退屈」に感じていた
  • 高校で見た『プラダを着た悪魔』で、東京に出たいと強く思った
  • 父の条件を受けて大妻女子大学の家政学部児童学科に進み、小学校の教員免許を取得した
  • 教育実習中に地元で映画の撮影に出会い、女優の道へ進んだ
  • 21歳で演技を始め、『火口のふたり』などで主演女優賞を受賞している

富山の高校生だった瀧内さんが抱いた東京と女優への憧れは、遠回りをしながらも実を結びました。これからの活躍にも期待が高まります。

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