佐久間大介の母の現在|元アイドル「きゃんきゃん」桜井直美と京本大我の母が同じグループだった縁

佐久間大介の母の現在|元アイドル「きゃんきゃん」桜井直美と京本大我の母が同じグループだった縁

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Snow Manの佐久間大介さんがたびたび公言する「世界三大美女はお母ちゃん、マリリン、エジプトの姫」という言葉が示すように、佐久間さんと母・桜井直美さんの絆は格別です。

母・桜井直美さんは、1982年に3人組アイドルグループ「きゃんきゃん」のメンバーとしてデビューした元アイドルで、現在は専業主婦として家族を支えています。

この記事では、桜井直美さんのプロフィール・アイドル時代の経歴・佐久間さんとの親子エピソード、そして京本大我さんの母との特別な縁までを整理します。

佐久間大介の母・桜井直美の現在|プロフィールときゃんきゃん時代

  • 現在は専業主婦・写真は非公開
  • きゃんきゃんのアイドル時代
  • 息子にそっくりな顔立ちと性格

母・桜井直美さんの現在の生活からアイドル時代まで、順に見ていきます。

現在は専業主婦・写真は非公開

 

佐久間大介さんの母親は、旧姓・桜井直美(さくらいなおみ)さんです。現在は佐久間姓で生活しており、1966年3月20日生まれ、東京都両国出身の方です。出身高校は嘉悦女子高校で、身長160cm、血液型A型。趣味は小物集め・バスケットボール・お菓子作り・ジャズダンスなど多岐にわたります。

アイドル時代の「きゃんきゃん」解散後は芸能界を引退し、一般人として生活しています。夫・佐久間昭彦さんが建設会社の2代目社長として家業を支えてきたため、専業主婦として家庭を守ってきた可能性が高いと言われています。佐久間大介さんを26歳のときに出産しており、長男・次男(大介さん)・三男の3人の男の子を育て上げました。

現在の写真は一切公開されていません。一般人として生活しているため、メディアへの露出も控えています。ただし、アイドル時代の「きゃんきゃん」時代の写真は現存しており、ファンの間では「笑ったときの口元が大介さんにそっくり」と評判です。

表舞台には出ていないものの、家庭内での存在感は抜群です。Snow Manのメンバーからも「なおみちん」という愛称で呼ばれ、「美人」と評判が高い存在です。佐久間さん自身も「世界三大美女はお母ちゃん、マリリン、エジプトの姫」と公言するほどで、メンバー全員に親しまれている様子が伝わります。

きゃんきゃんのアイドル時代

桜井直美さんが1982年にアイドルグループ「きゃんきゃん」としてデビューしたのは、まだ高校生だった16歳のときです。センターを務め、本格的なアイドル活動を行っていました。

16歳でデビューした「花の82年組」

「きゃんきゃん」がデビューした1982年は、後に伝説となるアイドルたちが次々とデビューした激戦の年でした。小泉今日子さん・中森明菜さん・松田聖子さんらが全盛期を迎えていたこの時代は、「花の82年組」と呼ばれるほど個性的な才能が集中していました。そんな熾烈なアイドル戦国時代の中、16歳でデビューした桜井直美さんはセンターとして奮闘しました。

グループには各メンバーに「お店の看板娘」という設定があり、桜井直美さんは「八百屋の看板娘」というキャラクターを担当していました。デビュー曲の作詞を手がけたのは、昭和の大作詞家・阿久悠氏で、新人アイドルとしては異例の待遇でした。

活動内容と4枚のシングル

活動期間は1982年から1983年のわずか1年ほどでしたが、その間にシングル4枚とアルバム1枚をリリースしています。また、CM出演や情報番組「独占!スター生情報」のアシスタントを務めるなど、メディア露出も多かったとされています。

残念ながらアイドル戦国時代の波には乗り切れず、グループは1年ほどで解散し、桜井直美さんはそのまま芸能界を引退しました。短期間ながらも懸命に活動した元アイドルの姿が、息子・佐久間大介さんのアイドルとしての姿に重なると感じるファンも多いようです。

息子にそっくりな顔立ちと性格

佐久間大介さんと母・桜井直美さんは、ファンや関係者の間で「DNAが仕事しすぎ!」と言われるほど激似です。特に似ているのが、笑ったときの三日月になる目元と口角の上がり方です。アイドル時代の写真と佐久間さんを見比べると瓜二つと言われており、「これは間違いなく親子だわ」とコメントされるほどです。

似ているのは顔だけではありません。佐久間さんがインタビューで「母親がすぐキスしたがる人で、僕もそれを受け継いでいます(笑)」と語ったことがあるように、底抜けに明るく人懐っこい性格も母親譲りです。元アイドルとして人前に立ち、ファンを笑顔にしてきた桜井さんの「天性のアイドル気質」は、息子の佐久間さんにも色濃く受け継がれています。

美意識の高さも共通点のひとつです。ファッションや髪型へのこだわりが強い佐久間さんの感性は、現役時代からキュートな衣装を着こなしていた母親の影響を受けているのかもしれません。外見も内面も最強の似たもの親子と言えるでしょう。

佐久間大介と母の親子エピソード|感動話と京本大我母との縁

  • ジャニーズ入所のきっかけは母の行動
  • 下積み時代に救われた一言
  • 舞台・母の日・ティファニーの親子エピ
  • 京本大我の母との縁ときょもさくの絆

ここからは、佐久間大介さんと母・桜井直美さんの親子エピソードを見ていきます。

ジャニーズ入所のきっかけは母の行動

佐久間大介さんがジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)に入所するきっかけを作ったのは、母・桜井直美さんの行動力でした。もともと桜井さんは「兄弟でひとりぐらいはダンスを習わせたい」と考えており、長男と佐久間さんがダンス教室に通い始めました。長男はすぐに「向いていない」として辞めてしまいましたが、佐久間さんはダンスが楽しくて続けていました。

そのダンス教室の先生から「オーディションを受けてみたら?」と提案を受けた桜井さんは、佐久間さんが中学1年生のときにジャニーズ事務所へ自ら履歴書を送りました。元アイドルとして芸能界の厳しさを誰よりもよく知りながら、それでも息子の可能性を信じて背中を押した決断でした。

また、中学生まで佐久間さんの髪を切っていたのも母親でした。佐久間さんは美容師さんとの会話が苦手だったため、なかなか美容室に行けなかったそうで、その代わりを母親が担っていたとされています。そういった細かな気遣いからも、親子の距離の近さが伝わります。

下積み時代に救われた一言

ジャニーズ事務所入所後、佐久間大介さんはなかなかデビューできない長い下積み時代を経験しました。周囲の目も気になり、悩みを抱えていた佐久間さんは、ある時母・桜井直美さんに相談しました。そのとき返ってきた言葉が「デビューできなくても大切な息子だよ」でした。

元アイドルとして約1年間の芸能活動を経験し、解散・引退という道を歩んだ桜井さんだからこそ、結果よりも「息子の存在そのもの」を肯定するこの言葉が自然と出てきたのかもしれません。佐久間さんは後のインタビューでこの言葉について触れており、下積み時代の心の支えになったと語っています。

芸能界を諦めた親が、別の形で同じ世界に挑んでいる息子を無条件に応援する姿勢は、多くのファンの胸を打ちました。この言葉があったからこそ、佐久間さんは諦めずに夢を追い続けることができたと言えるでしょう。

舞台・母の日・ティファニーの親子エピ

佐久間大介さんと母・桜井直美さんの間には、心温まる親子エピソードがほかにも数多くあります。

デビュー前に舞台『滝沢歌舞伎』に立っていた佐久間さんが、観に来ていた母に「僕どうだった?」と尋ねると、「あんたなんて家でいくらでも見れるんだから見てないわよ!タッキーと三宅健くんしか見ていないよ!」と返されたエピソードはとても有名です。会場が笑いに包まれたというこのやり取りは、親子の仲の良さとユーモアのセンスがにじみ出ています。母はタッキーこと滝沢秀明さんの大ファンで、息子の舞台にも「タッキー目当て」で通っていた様子が伺えます。

クリスマスには、ティファニーのイベントに出演した佐久間さんが「母親がクリスマスプレゼントがほしいと言っていたので、ティファニーで買ってプレゼントしようかなと思います」とコメント。後日しっかりプレゼントしたというエピソードも残っています。母の日には毎年必ず実家に帰省し、花束を持って感謝を伝えるのが恒例です。「こんないっぱいいらない(笑)」と笑いながらも、母・直美さんはその気持ちを大切にしているのでしょう。

また、アニメ「ラブライブ!」に佐久間さんがハマった際は、母親も含めた家族全員で鑑賞会を開いたというエピソードも語られており、息子の趣味を一緒に楽しもうとする母親の温かさが伝わります。

京本大我の母との縁ときょもさくの絆

「きょもさく」という言葉をご存知でしょうか。SixTONESの京本大我さんと佐久間大介さんのペアを指す呼び名ですが、この2人の縁は母親同士に始まります。

きゃんきゃん3人のメンバーの今

「きゃんきゃん」のメンバーは、桜井直美さん(佐久間大介さんの母)・山本博美さん(京本大我さんの母)・唐沢美香さんの3人でした。佐久間大介さんと京本大我さんの母親同士が、同じアイドルグループ「きゃんきゃん」のメンバーだったという運命的な縁が、息子たちの幼馴染の絆を生み出しました。引退後も「ママ友」として交流が続いており、母親同士の友情が今も続いているとされています。

息子同士が幼馴染になった背景

母親同士が親友だったため、佐久間大介さんと京本大我さんは物心ついた頃からの幼馴染として育ちました。一緒に鬼ごっこをしたり、家族ぐるみでテーマパークへ行ったりと、深い交流があったとされています。

アイドルを引退した2人の母親が叶えられなかった夢を、息子たちが別の形で、しかも同じ芸能という舞台で叶えている。このドラマチックな事実は、ファンの間でも「奇跡のような縁」として語り継がれています。

佐久間大介の母についてまとめ

  • 母・桜井直美さんは1982年に3人組アイドルグループ「きゃんきゃん」のメンバーとしてデビューした元アイドル。当時16歳でセンターを務め、シングル4枚・アルバム1枚をリリースした
  • 活動期間はわずか1年。「花の82年組」という激戦の時代に解散し、芸能界を引退
  • 現在は専業主婦として生活しており、現在の写真は非公開
  • Snow Manメンバーからも「なおみちん」と呼ばれ、佐久間さんは「世界三大美女はお母ちゃん」と公言するほどの仲良し親子
  • 佐久間さんのジャニーズ入所のきっかけは母が履歴書を送ったこと。下積み時代には「デビューできなくても大切な息子だよ」という言葉で支えた
  • 笑ったときの目元や口角の上がり方、明るく人懐っこい性格も母親譲りで「DNAが仕事しすぎ!」と言われるほどそっくり
  • 「きゃんきゃん」のメンバー・山本博美さんがSixTONES京本大我さんの母。母同士が親友だったことが「きょもさく」の幼馴染の縁を生んだ

元アイドルとして芸能界の厳しさを誰よりも知りながら、息子を無条件の愛で支え続けた桜井直美さん。その愛情と行動力が、今の佐久間大介さんを作り上げたと言えるでしょう。

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